「型枠でどこまで行けるのか?」
「どんな人と出会うのか?」
「自分は、全く知らない会社に入れるのか?」
「給与はどのくらいもらえるのか?」
30歳のとき、そんなことを考えていた。
自分にあるのは、型枠の経験と資格、そして家族。
それだけだった。
それでも――
「自分が納得できる場所で働きたい」
そう思った。
調べて、調べて、調べまくった。
そして、ひとつの会社にたどり着いた。
直接電話をして、事務所に行くことになった。
これまでの経験を話して、その会社の中でも一番できるグループに入れてもらえることになった。
現場は、ある駅の商店街に隣接した大型現場。
店舗もあれば、高層マンションもある。
今まで経験したことのない規模だった。
ゼネコンも、いわゆるスーパーゼネコンと呼ばれるトップクラス。
建物の形も複雑で、やりがいがあった。
仕事は同じ型枠。
問題なくこなせた。
給料も、その頃の一人前としては最高クラスだった。
「ここならいけるかもしれない」
そう思った。
働き始めて、半年くらい経った頃だった。
同じグループの1人が、突然来なくなった。
理由を聞くと、うつ病だった。
あんなに元気で、よく喋る人だったのに。
優しくて、現場でも頼られていた人だったのに。
どうして、そうなるんだろう。
そう思っているうちに、その人の分の仕事が残ったメンバーに回ってきた。
負担は一気に増えた。
そして、数ヶ月後――
また1人、来なくなった。
理由はわからない。
でも、何かがおかしいと感じていた。
気づけば、5人いたグループは3人になっていた。
この規模の現場で、3人。
正直、無理があると思った。
「2人いないなら、新しく入れましょうよ」
僕はそう言った。
知り合いでもいいから、誰か入れた方がいいと思った。
でも、親方の答えは違った。
「ダメだ。クビにするわけじゃないし、人も増やさない」
その言葉を聞いたとき、
「すごいな、この人」
そう思った。
優しさなのかもしれない。
でも同時に、違和感もあった。
仕事は、やらなきゃいけない。
人は増えない。
負担は増える。
何を守ろうとしているのか、わからなかった。
ついていけない。
そう思った。
僕は、その会社を辞めることにした。
同じ現場には、型枠の会社が他にも入っていた。
4社入っていた中の、隣の会社。
顔見知りだった。
「次は、あそこに行ってみよう」
そう決めた。
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【第7話】隣の会社で見た、現場の裏側|自由を作り続ける男の記録

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【第0話】現場で倒れて、独立を諦めました|それでも今、こう考えています


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