【第5話】稼げたのに、全部違った|自由を作り続ける男の記録

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僕は家族のために、お金を稼ごうと必死に働いた。
…つもりだった。

でも現実は違った。

稼げない。
体は壊す。
時間はない。
休みの日は疲れきって何もできない。

「全部ダメじゃん」

そう思った。

それでも、妻と子供はそばにいてくれた。
だから、もう一度動こうと思った。

僕は型枠の二次会社にいたので、仕事は一次会社からもらう立場だった。

「一次会社は変えずに、グループだけ変えたらどうなる?」

そう考えて、移動を決意した。

5歳上で親方をやっている知り合いのところに入ることにした。

ここで僕は、また大きな選択をすることになる。

「この現場、君に仕切ってもらうね。人数はそろえるから」

え?

僕はその親方と一緒に仕事をすると思っていた。
でも実際は違った。

最初から“任される側”だった。

一応聞いた。

「職長手当、出ますか?」

「出すからお願いね」

――また始まった。

この親方の考えはシンプルだった。

「この人数いれば終わる」

でも現場はそんなに単純じゃない。

できる人もいれば、何もできない人もいる。
それでも全員が“同じ1人”。

当然、うまくいかない。

「なんで終わらないの?」

そう言われる日々。

唯一よかったのは、お金だった。

このときの給料は、今(36歳)の自分よりもはるかに高かった。

正直、嬉しかった。
認められた気もした。

でも――

「なんか違う」

そう思っていた。

稼げる。
でも、また体を壊す未来が見えていた。
何より、全然楽しくなかった。

1年も経たずに、元の親方のもとに戻った。

いわゆる“出戻り”。

でも、ただ戻ったわけじゃない。

「あのグループでこれだけ稼ぎました」

そう伝えて、給料を上げてもらうことに成功した。

そして、はっきり言った。

「職長はやりません」

それでも、人生の方向性は決まらなかった。

どうしたら、楽しくて幸せな人生になるのか。

ずっと考えていた。

そして、ある考えにたどり着く。

「人に使われてる限り、ずっとつらいままじゃないか?」

「だったら、自分の力だけで稼げればいい」

仕事をしながら、空いた時間で家具を作り始めた。

最初は自宅用。
そこから販売へ。

テーブルを出すと、ほとんど売れた。

「いけるかも」

そう思った。

でも現実は甘くない。

作るスピードが追いつかない。
生活費を稼ぐレベルにはならない。

1年続けて、出した答えは――

「無理ゲーだな」

この頃、気づいた。

「自分のこと、何もわかってない」

もしお金も条件も関係なく、自由に仕事を選べるなら――

何をやる?

答えは出なかった。

型枠しか知らない人生だったから。

「じゃあ、日本一の型枠大工を見てみよう」

そう思った。

仕事も、お金も、全部すごいはずだ。

調べて、調べて、調べまくった。

そして――
自分が納得できる会社を見つけた。

「行ってみたい」

僕の知らない世界へ。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

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【第6話】30歳からの移動の旅

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